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【Vol.01】今では当たり前の「X線検査」にも始まりの物語がある

夏の風物詩である「全国高等学校野球選手権大会」が8月5日より始まる。今年で第107回を迎える今大会においても、蒼穹の下で飛び交う白球、響き渡る心地よい金属音と大歓声に埋もれない球児らの掛け声、勇ましいブラスバンドの演奏。それらが散りばめられた一夏の青春が見られるであろう。また、2018年より始まった〝タイブレーク制度〟により、同点で迎えた10回以降は、言うなれば9回まで共に創り上げた両校の作品を壊すような展開を余儀なくされてしまった。しかし、このルールによる試合展開は、攻守共に少しのミスが勝敗を決定づけてしまう事から、それ故の球児達に圧し掛かる緊張感が目視でき、更に球児や監督、家族らの心情をも推し量り、観戦者も正に息をのむ。単に述べると、より深く試合に引き込まれ、面白いのだ。賛否両論ある制度だが、私は賛成派である。因みに野球はやった事はない。

少しは医療と関わりのある話を書きたい。無理やり話を転換する。
さて、その野球が初めて日本に伝わったのと、現在の医療現場では欠かせない検査方法の一つである〝X線検査〟、いわゆるレントゲンが日本に伝わったのでは、どちらが早かったのだろうかと気になった。立場的に〝X線検査〟と書きたい所であったが、調べてみると野球の方が先である事が分かった。

野球を日本に伝えたとされる人物はアメリカ人の教育者、ホーレス・ウィルソンであった。ホーレス・ウィルソンは明治維新後の日本の教育制度の近代化を支援する為のお雇い外国人として雇用され、第一番中学で英語の教師を担っていたが、1872年(明治5年)、彼は学生には運動する時間が必要であると考え、生徒に野球を教えたのである。そして同校は翌年から開成学校(現東京大学)となり、規模の大きい運動場が完成すると、彼の教えた野球は攻守に分かれて試合ができるまでになった。これが「日本の野球の始まり」と公益財団法人野球殿堂博物館のホームページで紹介されている。因みに、その後の1878年に日本初の本格的野球チームが結成されるが、「新橋アスレチック倶楽部」という名であった。

一方、X線が日本に伝わるのは「野球の始まり」より約24年後の1896年2月である。ドイツに留学していた長岡半太郎が、ベルリン大学で催されたベルリン物理学会50年祭で入手した手のX線写真と論文を、東京帝国大学(現東京大学の旧称)の山川健次郎らに郵送したのである。因みに長岡半太郎は、世界で初めて土星型原子モデルを提唱する物理学者であり、山川健次郎は白虎隊をルーツに持つ日本初の物理学教授である。その後の山川は、35歳で東京帝国大学初の理学博士号を授与され、48歳で東京帝国大学総長に就任する。

X線の発見は、ドイツの物理学者、ヴィルヘルム・レントゲンにより1895年11月8日に成され、その1か月後、彼が「放射線の一新種について」と題するX線の発見に関した論文をビュルツブルグ物理医学会に提出した結果、同学会の会報に掲載される事となる。更にこの論文は翻訳され、翌年の1月23日発行の「Nature」 誌、2月14日の「Science」誌に掲載。これを見た専門家の間で大きな反響を呼んだ。また、同時にウィーンの新聞「デ・プレッセ」も大々的に報じ、これにロンドンの「Daily Chronicle」、アメリカの「New York Sun」が追従する。こうしてX線発見のニュースは世界中に広まり、多くの研究が行われるに留まらず、一般の人々の関心をも呼んだ。手のX線写真を記念に撮る事が流行し、その為の写真館まで開業された。被ばくが及ぼす人体への影響が未知である時代、ならではの逸話である。

「骨の写真が撮れる」「X線の発見をまず報告したのは物理医学会」という事は、当然ながら、X線は医療への応用が可能だとの提唱を招き、X線の発見直後から、X線は医療の道へ進む。日本でも長岡からの郵便をきっかけに、山川やレントゲンと縁のあった物理学者の村岡範為馳(むらおか はんいち)と島津製作所の島津源蔵(二代目)らがX線発生装置の開発研究に取り掛かり、1909年に初の国産医療用X線装置が完成するのだ。なお、装置は国府台陸軍衛戌病院(現、国立国府台医療センター:千葉県市川市)に納入された。そして島津製作所は今年(2025)の3月31日に創業150年を迎えた様である。当院にも島津製作所製のX線装置がある。ここに診療放射線技師として敬意を表す。

野球を始めて伝えたホーレス・ウィルソンは2003年、野球を伝えた功績を称えて「新世紀表彰」として日本の野球殿堂に殿堂入りした。因みに、今年イチローが競技者表彰として殿堂入りしている。

X線を発見したヴィルヘルム・レントゲンは1901年、その功績が称えられ、第1回ノーベル物理学賞を受賞した。因みに、X線検査の一つである〝CT装置〟の保有台数は、現在日本が世界一位である。

スポーツと医療の逸話を交えた内容となり、不揃いな感のある話となってしまったが、読者に現在当たり前にある様な両者でも、始まりがあるのだと、歴史があるのだと、流行り言葉でいう〝エモい〟気持ちを抱かせる事ができたら幸いである。

青山病院 放射線科 診療放射線技師 横田

 

参考資料

公益財団法人野球殿堂博物館 ホームページ

慶應義塾大学医学部放射線科学教室 放射線医学の歴史

首相官邸 ホームページ 放射線研究の幕開け~レントゲンによるX線の発見~

WEB歴史街道 山川健次郎の生涯~白虎隊から東大総長へ

島津製作所 ホームページ

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